コラム

様式美がクセになる『男はつらいよ』シリーズの不器用で切ない例外

2021年12月10日(金)11時15分
男はつらいよ

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<旅先で出会ったマドンナに寅次郎が恋心を抱き、相手もまた信頼を寄せる。それでも最後にはマドンナの恋人が現れ、傷心の寅次郎は再び旅に出る──ストーリーは基本的に毎回同じだが>

タコ社長が大好きだ。旅から帰ってきた車寅次郎が、おいちゃんやおばちゃん、さくらや博たちと、とらやの奥の居間で日本酒を飲みながらだんらんするとき、タコ社長が現れてくれないと物足りない。

裏から登場するときはほぼ必ず、いないはずの寅次郎の悪口を大声で言いながら現れる。居間に座っている寅次郎に気付いたタコ社長は大慌てして、おいちゃんたちはやれやれと諦め顔。怒った寅次郎から最後には「このタコ」と頭をたたかれる。まさしく様式美だ。

ようやく登場しても、タコ社長はめったに居間に上がらない。たたかれた頭をさすりながら上がり框(かまち)に腰を掛けた姿勢のまま、車家のだんらんに参加する。そのさりげない慎ましさが切なくていとおしい。テレビドラマ時代を経て映画『男はつらいよ』シリーズが始まったのは1969年。僕はその当時は観ていない。大学で映研に所属した頃も、盆と正月に上映される『男はつらいよ』をわざわざ映画館に観に行こうとは思わなかった。だって学生は貧乏だ。時おりテレビでも放送される『男はつらいよ』を観るならば、まず放送されない藤田敏八(ふじたとしや)や神代辰巳(くましろたつみ) 、ルイ・マルやサム・ペキンパーを選んだはずだ。

ただし1回だけ、正月に友人に誘われて観た記憶がある。ストーリーはほぼ覚えていない。マドンナ役は木の実ナナだったような気がする。

つまり本格的に観始めたのは最近だ。シリーズは全50作。もちろん全部は観ていない。でもコンプリートしたと言う友人は少なくない。様式美にはまるのだろうか。

ストーリーは基本的には毎回同じ。旅先で出会ったマドンナに寅次郎は恋心を抱く。マドンナも寅次郎に対して信頼を寄せる(決して恋心ではない)。やがて寅次郎は旅を終えて柴又に戻り、マドンナとの関係は寅次郎の片思いのまま。紆余曲折あるが、最後にはマドンナの恋人が現れて、傷心の寅次郎は再び旅に出る。時にはマドンナのほうが積極的になるが、この場合は寅次郎が逃げ腰になって、自ら身を引くことがルーティンとなっている。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

ロシア、フィンランドへのガス供給を停止 ルーブル払

ワールド

中国が東シナ海に新たな構造物、極めて遺憾で認められ

ワールド

欧州でサル痘拡大、100人超感染か WHO20日に

ビジネス

アングル:多様化進む米FRB、地区連銀が先行 課題

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:歴史で読み解くロシア超入門

2022年5月24日号(5/17発売)

ウクライナ侵攻で見せた不可解なほどの権威主義 政治・軍事・文化を貫くロシアの本質を歴史から理解する

人気ランキング

  • 1

    全米で「最もセクシーな医師」のランボルギーニを、勝手に乗り回していた意外な人物

  • 2

    日本の未来が「おいしい」理由は2000年代のアメリカを見れば分かる

  • 3

    海面に浮くクジラの死骸を「少なくとも60匹」のサメが食い荒らす

  • 4

    ついにロシアを見限った、かつての「衛星国」たち

  • 5

    【戦況マップ】ロシア軍は数日でこれだけ占領地域を…

  • 6

    ロシア軍、マリウポリ制覇しても損害は甚大 「大規模…

  • 7

    ロシア、ウクライナへ新型レーザー兵器投入 数キロ先…

  • 8

    ベトナムと韓国の歴史問題「棚上げ」の思惑はなぜ一…

  • 9

    ついにロシア国営TV「わが軍は苦戦」、プロパガンダ…

  • 10

    「心の準備が...」BTSジョングク、襟足の長い「80年…

  • 1

    「責任者を出せ!」コールセンター・スタッフに詰め寄るクレーマーに上司が放った爽快なひと言とは

  • 2

    「心の準備が...」BTSジョングク、襟足の長い「80年代風」の髪型にイメチェン

  • 3

    「ウクライナを守る盾」、ロシア艦を撃沈した「ネプチューン」が戦局を変えた

  • 4

    【戦況マップ】ロシア軍は数日でこれだけ占領地域を…

  • 5

    『シン・ウルトラマン』を見て的中した不安

  • 6

    【閲覧注意】廃屋の壁一面にうごめく数千匹のサソリ 

  • 7

    ウクライナのどさくさに紛れて「侵攻」を狙う、もう…

  • 8

    「ロゴさえあれば何でも買う」? 高級新作スニーカー…

  • 9

    ウクライナ軍が使い始めた米M777榴弾砲の威力

  • 10

    全米で「最もセクシーな医師」のランボルギーニを、…

  • 1

    「責任者を出せ!」コールセンター・スタッフに詰め寄るクレーマーに上司が放った爽快なひと言とは

  • 2

    ウクライナのどさくさに紛れて「侵攻」を狙う、もうひとつの旧ソ連の国

  • 3

    【戦況マップ】ロシア軍は数日でこれだけ占領地域を失った

  • 4

    プーチン病気説の決定打?どう見ても怪しい動画

  • 5

    「どこなら女性は安全なのか」 インドで強姦被害の13…

  • 6

    「心の準備が...」BTSジョングク、襟足の長い「80年…

  • 7

    子供を解放し、母親も解放する日本の街──アメリカか…

  • 8

    「性格と高齢期の認知障害には関連がある」との研究…

  • 9

    「ウクライナを守る盾」、ロシア艦を撃沈した「ネプ…

  • 10

    【動画】ロシア巡洋艦「モスクワ」の「最期」

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
ニューズウィーク日本版ウェブエディター募集
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中