コラム

「嵐が好き」の先にある、言葉が織り成す人生の物語

2020年10月21日(水)17時45分

人の「縁」をつなぐ仕事をしている鈴木さん TOMOKO KUBOTA

<アイドルグループの「嵐が好き」の理由は人それぞれだ。ある女性に好きになった背景を聞いてみると、息子を亡くした彼女の言葉が紡ぎ出す、命をめぐる物語があった――>

「好きは好きだった。でも、そこまで好きという自覚はなかった」。

鈴木久美子さん(53)は何をする気力も失っていた。その理由を尋ねると、感情があふれだし、止まらなかった。「活動休止って聞いて、涙が出てきて。私、こんなに嵐のこと好きだったんだって!」。

嵐の話かい。私は心の中でズッコケたが、気合で真剣な表情を保ち、話を聞き続けた。大人気アイドルグループの嵐は、この年末に活動を休止する。涙するファンは多いだろう。

しかし、その悲しみは共通でも、そこに至った経緯はそれぞれだ。耳を澄ませば、その人固有の理由が浮かんでくる。鈴木さんの場合もそうだった。

鈴木さんは1967年に群馬県で生まれた。子供の頃から我が強く、自分のやりたいことにとことん没頭するタイプだったという。2011年3月10日、そんな鈴木さんに人生の転機が訪れる。

「息子がバスケの練習中に倒れたんです。急性心不全で、面会した時にはもう息をしていませんでした。18歳でした」。くしくも東日本大震災の前日で、揺れを感じたのは葬儀場に向かう霊柩車の中だった。「つむじから爪先まで、体中が悲しかった」。

脱力した日々に一筋の希望を与えてくれたのが、ジャニーズだった。「ぼーっと眺めていたテレビドラマに出ていた男性が息子にそっくりに見えたんです。息子がいるって」

その男性のことを調べると、ジャニーズ事務所のアイドルだと分かった。息子に会いたい、そう思うと力が湧き、ジャニーズのコンサートに行くようになった。特に嵐のコンサートは楽しかったという。

「それまでの私は1人が好きで一匹狼的なところがありましたが、嵐ファンとの交流で『人のつながり』を強く感じました。知らない人とコンサートに行ったり、コンサート会場でも初めましてがたくさんあり、そこから広がっていろんな人から息子をしのぶ声をもらったり、若い人に励まされました。人の『縁』をすごく感じるようになったと思います」

言葉に連なる文脈から見えてくるもの

鈴木さんは現在、千葉県にある社会福祉法人生活クラブが運営する特別養子縁組あっせん事業「ベビースマイル」で相談員をしている。さまざまな理由で実親が養育できない子どもと、子どもを望む養親の「縁」をつなぐ仕事だ。

「実親、養親、子ども、三者三様の人生を応援する仕事だと思っています。人の人生に深く関わるので責任の重い仕事ですが、うまく言えないけれど、しっくりくるんです」。それは、自分ではどうしようもできない状況に直面し、周囲の応援の大切さを実感してきた鈴木さんだからこその仕事のように感じた。

「嵐が好き」にこんな背景があったとは。私たちが日ごろ触れている言葉たちは、その人のほんの一部しか表していないのだとつくづく思う。人生を聞くとは、その人の今の言葉の文脈を知ることであり、想像もしなかった驚きや学びを聞き手に与えてくれる。

「あなたの人生聞かせてください」。試しに問い掛けてもらいたいと、心から思う。それは他者理解を深める糸口になると私は実感している。

<2020年10月13日号掲載>

プロフィール

久保田智子

ジャーナリスト。広島・長崎や沖縄、アメリカをフィールドに、戦争の記憶について取材。2000年にTBSテレビに入社。アナウンサーとして「どうぶつ奇想天外!」「筑紫哲也のニュース23」「報道特集」などを担当。2013年からは報道局兼務となり、ニューヨーク特派員や政治部記者を経験。2017年にTBSテレビを退社後、アメリカ・コロンビア大学にてオーラスヒストリーを学び、2019年に修士号を取得。東京外国語大学欧米第一課程卒。横浜生まれ、広島育ち。

ニュース速報

ワールド

河野氏「年金改革が必要」、岸田氏「消費税10年上げ

ワールド

焦点:重症化予防だけじゃない、米当局が追加接種を推

ビジネス

焦点:ファスナーもガラスもない、品薄が米経済回復の

ワールド

焦点:英コロナ対策、規制緩和と追加ワクチン依存政策

MAGAZINE

特集:歴史で読み解く台湾情勢

2021年9月21日号(9/14発売)

「世界一危険な場所」台湾の地域情勢を歴史・文化・軍事・技術から解き明かす

人気ランキング

  • 1

    27歳で早期リタイアできるだけの資産を形成した私の「仕事とお金」遍歴

  • 2

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目指し、どうなったのか

  • 3

    家族を優しく守ってくれる「吠えない」大型犬

  • 4

    収奪的なオリンピック、包摂的なパラリンピック

  • 5

    コロナで急増した貯蓄をどう使うか...日本人の使い方…

  • 6

    3回接種が進んだイスラエルで感染爆発、4回目を準備

  • 7

    ダニエル・クレイグ版「007」完結作『ノー・タイム・…

  • 8

    医療用途を優先 酸素不足でロケット飛べず...NASA、…

  • 9

    「ワクチン反対」の投稿をきっぱりやめ、自身も接種…

  • 10

    イベルメクチンの売り上げが米で24倍に、コロナ治療…

  • 1

    失敗学の研究者が見た、日本人の「ゼロリスク」信奉

  • 2

    「レオ様」激似の顔を持つ男...その数奇な運命と、たどり着いた境地

  • 3

    7年前にソーラーパネル設置を断念した僕の後悔

  • 4

    27歳で早期リタイアできるだけの資産を形成した私の…

  • 5

    【9.11】20年目の「新事実」テロ実行犯の2人は愛し合…

  • 6

    家族を優しく守ってくれる「吠えない」大型犬

  • 7

    マスク不注意で搭乗拒否、激昂する客と石になる客室…

  • 8

    日本の元セクシー女優、フィリピンに遊びに行ったら…

  • 9

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目…

  • 10

    「ただ話を聞いてくれるだけ」の存在が、脳の老化を…

  • 1

    「レオ様」激似の顔を持つ男...その数奇な運命と、たどり着いた境地

  • 2

    中国の衛星が3月に軌道上で突然分解......その理由がようやくわかった

  • 3

    来日25年のフランス人が気付いた、日本の「あり得ない」裏の顔

  • 4

    韓国の繁華街、外国人旅行者に依存してきた明洞は一…

  • 5

    小さな子供がいる家庭にぴったり! 「優しい」性格が…

  • 6

    失敗学の研究者が見た、日本人の「ゼロリスク」信奉

  • 7

    タリバンがブラックホークを操縦する異常事態、しか…

  • 8

    エヴァンゲリオン、美しく静かなラスト...ファンもこ…

  • 9

    無人島にたどり着いた日本人たちがたらふく味わった「…

  • 10

    インド、新たな変異株「デルタプラス」確認 感染力さ…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中