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NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

「結婚した夫はゲイでした」エッセイを出版した秋代さんのアメリカ生活

©NY1page.com LLC, NYのグリニッジビレッジにあるストーンウォール・イン (The Stonewall Inn)後に同性愛者の権利を求める運動につながった 1969 年の暴動の現場になった国定歴史建造物に入るLGBT+ 向けのバー。


結婚した夫はゲイでした」ご自身のエッセイをアマゾンのデジタル書籍で出版した鉢尾秋代さんにお話をうかがいました。エッセイで、日本で知り合りあったご主人がゲイだったことがわかり、二人の娘を育てる間は、長い間夫婦の関係もなかったこと、そしてご自身もバイ・セクシャルであることをカミングアウトしました。

──結婚でアメリカへ来たことは本にも書いてあったのですが、どうやって渡米を決断されたのですか?

若いころにアメリカへ留学したいと思っていました。ただ日本と違って入るのは簡単だけど出るのは大変って話を聞いてたこともあって怖くかったこともあります。それに、他にもやりたいことがあったので。

アメリカ人の夫と結婚して来てみたら、アメリカで普通に生活できるものなのだわかりました。日本でまず結婚式をあげて、配偶者ビザで入ってくることになったので、ビザがすぐにおりなければ、婚約者ビザで入ってくるつもりでした。配偶者ビザがおりたので、すぐに役所を回って、グリーンカード(永住権)申請書類をだしてというのも自分たちでやりました。

当時は今とちがって弁護士を使わない時代でしたから。申請してからイミグレーション(移民局)で1年半たってから面接でした。よく使ってる歯ブラシの色は?とか、夫婦の細かな暮らしぶりを聞かれるなんて話がありますが、すでに子供が生まれてたので、子供を抱っこしていったら、そんな質問もまったくなくて、あっさり承認されました。

──ゲイだとわかるまでは、どんなご主人だったのですか?

もともと家族の縁のうすい人だったこともあって。私が結婚してから家族に会ったのも、結婚を報告に行った一度だけです。彼の父親はティーンエージャーのシングルマザーと再婚しました。前夫と2歳ぐらししか年の変わらない女性でした。母親も17歳も年下の男性と関係を持って妊娠しました。その母親と弟を養うために彼は高校を中退せざるを得ませんでした。

私たちが結婚してすぐに、おばあちゃんがストロークをおこしました。前夫がおばあちゃんっ子だったので、生きているうちにということで、おばあちゃんの家へ会いにいきました。ところが、その時たまたま入院してしまったので、病院へお見舞いに行きました。おばあちゃんは病院にいましたが、親戚は家へ集まってパーティーをしてくれました。

義理母は、うちの子供が生まれて一年くらいして、弟をつれて遊びに来てくれました。これまでに2回ほどしか会ってないです。それなので、嫁姑の確執とかは、まったくないです。

前夫の実家は、イリノイの芸術家肌な家族だったようです。前夫は絵が上手で、お母さんも絵が上手だったようです。叔父からアンティークキルトだという、200年前のボロボロのキルトをいただいたことがあるのですが、『アンティークを洗ってはダメ』って言われました。

イリノイは、冬が長いからキルトをやるというのが習慣のようです。キルトはそもそもベッドサイズなので、何人かの人が集まって、一緒にやったりします。キルティングしながら、世間話をしたり、どこどこの孫が結婚するからキルトをつくりましょうと集まったり。地域の社交場でもあったようです。

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おばあちゃんはボタンコレクターでもあり、ボタンの標本も形見にいただいてます。

──とても美しいですね。アートのようです。

アメリカではボタンの品評会とかもあります。規定の大きさの厚紙にボタンを配置して、それで競うそうです。私の好きなキャリコボタンは大恐慌の頃に、服の生地のがらにあわせて手書きでボタンに書き込んだボタンです。

──秋代さんご自身は、どんなタイプなんですか?

私はファザコンで、父親ほどの男性はぜったいにいないと子供の頃から信じていました。今も父は、高齢ですが元気にしています。近くにみかん山があって、山仕事をいつもしているので、健康によいのだと思います。海も近くて歩いて5分くらいです。あと、すべてに井戸水を使っています。飲み水やお風呂も自然の水を使っていることが、健康の秘訣なのかもしれません。

私が子供のころは、みかんが家業でした。家族みんなでみかん山にしょっちゅう行ってました。1999年に工業団地にするということで、山をつぶされたので、代替地をもらいました。そこにみかんの木を何本か育てています。

──ご実家が山を所有しているなんて、お嬢様なのですね。

今は、みかんも自分たちが食べるだけ作るという規模です。私も前夫と同じく、おばあちゃん子でした。蕎麦や、うどんはおばあちゃん手打ちで育ったので、蕎麦やうどんにはうるさいかもしれません。家で蕎麦を育てていたので、自家製のそば粉からつくっていました。蕎麦にまぜる山芋も掘りに行ってました。

──すべてが自家製というのは、スゴイ!それほどの上質な蕎麦を食べてると、もう外では食べれないですね

そうかもしれません。自家製の蕎麦やうどんを食べて育ったので、味にはうるさいかもしれません。私が16歳のときにおばあちゃんが亡くなったので、そこから死後の世界に興味をもつようになりました。

18歳でモルモン教会に改宗して、弘恵さん(筆者)ご出身の福岡にも住んだことがあります。九州は、熊本、宮崎、鹿児島へも布教活動のために移住しました。男性の伝道師は2年ですが、女性の伝道師は1年半で布教活動をします。月曜日に伝導部長から電話がかかってきて、水曜日には転勤というスピードです。

──ご主人に出会ったのも、宗教がきっかけだったわけですが、棄教されたのですね。

同性婚に反対してたことで、私は1998年に、主人は1995年にはすでにカミングアウトしていたので、1995年にはやめていました。教会のひとびとからLGBTは罪だとか、地獄に落ちるとか言われたのですが、私のゲイの友達が、地獄にいるなら、私も地獄へいってパーティーやってたほうがいいって思ってます(笑)。

──ご自身もバイ・セクシャルをエッセイでは告白されてましたが、一番気になるのは、その女性との出会いです。そこのところも書かれてはありましたが。もっと詳しく知りたいです。ダンスをしていて知り合ったということですが。どんな女性なのですか?

私にとって初めての女性は大学のダンスプログラムのクラスメートでした。週に一回のクラスでした。通常男性がリーダー、女性はフォロワーになるのですが、彼女はリーダーとしてクラスを取っていました。仕事はサイコセラピーで理知的、私より5歳年上で、ニューヨークなまりのあるひとでした。クラスメート同士がとても仲良しなクラスだったので、連絡先のコピーが配られていました。

ある時、彼女が引っ越しをするのでダンボールを集めているところだと小耳にはさみました。引っ越ししたばっかりだった私は、彼女に電話して「ダンボールいっぱいあるよ」と話し始めたのがきっかけで、金曜日に女性だけのカントリーウェスタンダンスにいくことになりました。

ダンススタジオに行く途中、彼女から注意事項を言い渡されました。「私は一晩に同じ人と2回以上踊らないけど、今日は特別ね」。少し踊ってから「ちょっと散歩しない?」と外に連れ出され、住宅街の歩道を歩きました。「一年半前に前のガールフレンドと別れて、今はまだ新しい人と付き合う準備ができていないと思う」と言われました。正直言って女性だけのダンスが珍しかっただけで参加したので、あまり真面目に聞いていませんでした。

ダンスが終わって送ってくれた彼女に「ダンボールもってく?」と尋ねてアパートの部屋に上がってもらいました。引っ越したばかりのリビングルームは、そこかしこに箱が積上げられていて、散らかっていました。そんな中で、家族のこと、ダンスのことなど、とりとめのないことを話していました。

二人きりだったし、キレイな彼女の顔を見ているうちに、好奇心に勝てなかった私は彼女にキスをせがみました。

彼女はユダヤ系のアメリカ人。レズビアンは、女性的なほうがフェムで、男性的なほうをブッチって言うのですが、本人は自分のことをソフトブッチって言ってましたね。胸がすごく大きかったので、胸を小さくする手術をしたいって言ってたのですが。

つきあい始めて、胸を見せられて「こんなキレイな胸がなくなるのはもったいないから、ちょっと待てない?」って手術を待ってもらいました。胸だけ大きいのはいろいろと生活する上でも大変みたいです。結局、私と1年半くらいつきあった後、別れてから手術しました。

──ブルゾンちえみさんが言ってた35億(世界にいる男性およその数)が恋愛対象じゃなく、もっとたくさんが恋愛対象にってことですが・・・。

恋愛対象が自由ってことなので、これからはパンセクシュアル※1に変えようかなと思ったりしています。そうなると恋愛対象は、35億どころじゃないってことになります(笑)。 次回は、秋代さんに女性同士では、どうやって性の営み?ほか、ご自身がアメリカ人の理学療法士に学んだ膣活についてお話を伺います!

※1.パンセクシャル(またはパンセクシュアル、全性愛)とは、あらゆる性別の人が恋愛対象になる人を指す。 男女関係なく誰かを好きになったり、Xジェンダーや現在も性別を模索している人に性的欲求を覚えたりと、相手の性別を問わず「好きになった人が好き」という考え方である。


【関連リンク】
鉢尾秋代さんが書いたエッセイ「結婚した夫はゲイでした
しあわせな家庭を求めて結婚、赤ちゃんを授かりまさに臨月、出産直前という時に
「実はボクはゲイなんだ」と告白してきた夫!?
その後、レズビアン、バイセクシャルと人生を謳歌する秋代さんのカミングアウト・エッセイ。
著者の秋代さんはサンフランシスコ在住で多くのLGBTQ+の人たちと交流を持ち
相談に乗ったり、そのご家族の方たちへアドバイスを送るなど、支援活動を展開中。
 

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

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