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トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

アラブの裏の顔 - 被害者が加害者にもなり得るという現実:アラブ世界の「現代の奴隷制度」を考える

中東のアラブ諸国でメイドが直面する問題

日常茶飯事の問題をざっと挙げてみます。これまでに触れた点とも重複します。

- パスポートの没収

- 携帯電話の没収 (家族と会話するのは月に1回、雇い主の携帯からというケースも多い)

- お給料の未払い

- 長時間労働 (16-20 時間ノンストップ。睡眠時間 2-3 時間というケースも稀ではない)

- きちんとした食べ物が与えられない (家族の食べ残しまたは傷んだもの)

- 与えられる食べ物の量が極端に少ない

- 自分の部屋が与えられず、トイレやキッチンの床で寝る生活

- 休日がない

- 外出が禁止されている。雇用主が外出するときは家に閉じ込められる。

- 失敗やミスをすると怒鳴られたり、身体的な暴力を振るわれたりする。

これに加えて、性的虐待、レイプの対象にもなり得ます。アラブは大家族。雇用主から直接は性的に虐待されないとしても、同居の息子やその家を訪れる親せきの男性などから性的に虐待されることもあります。なんせ密室ですから、性的虐待やレイプの危険性といつも隣りあわせなのです。

そして最悪なのは死に至るケースです。私がヨルダンに住んでいた時に、フィリピン人のメイドが雇用主の虐待によって亡くなるケースがあり、2009年と2011年にフィリピン政府はヨルダンに労働者を送ることを禁止しました。その時以降、ヨルダンではケニアやガーナなどアフリカ系のメイドが増え始めました。

2016 年にはケニア人のメイドが雇用主によって焼かれ、体に 47% 以上の火傷を負い、最終的に亡くなるという事件が起こりました(こちらの記事を参照)。これをきっかけにケニアでは、ヨルダンを含むアラブ諸国に労働者を送ることに対する大規模な抗議運動が起きました。

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i-Stock

なおメイドの虐待や死において、ヨルダンが特別ひどいわけではありません。サウジ、クゥエート、UAE (アラブ首長国連邦)、オマーン、レバノンなどではさらに頻繁に過酷なケースが明るみに出ています。湾岸エリアやレバノンでは、たとえメイドが死んでも、雇用主が罪に問われることはほとんどありません。次のセクションで書きますが、ヨルダンでは雇用主が裁判にかけられることがあります。これは他のアラブ諸国と比べて非常に革新的だと思います。

お金を得るためにアラブ世界へ出かけたものの、最終的にはお給料ももらえず人間としての尊厳まで失い、最悪のケースは命さえ落とす場合がある。これが中東のアラブ諸国で働く多くのメイドたちの現実です。

メイドの虐待に対するヨルダン政府の取り組み

ヨルダン政府は 2009 年から外国人労働者の労働環境の向上に努めており、昨今はその成果がかなりの程度出ているということができます。2013 年には人身売買対策部署(Anti-human trafficking Unit)が設立されました。

こうした流れに至ったのは、Tamkeen というヨルダンに唯一ある外国人労働者の人権を扱う非政府団体の活発な活動に負うところが大きいかと思います。この団体は、ヨルダンにいる外国人労働者の人身売買や虐待のケースを摘発しています。この団体の働きのおかげで、メイド側が Silent Victime (無声の犠牲者) にならないように守られ、メイド側と雇用主側の双方が「メイドの人権」という中東ではまだあまり存在しない概念について啓蒙されています。ですからヨルダンにおける不法な搾取や虐待は、湾岸のアラブ諸国やレバノンよりもずっと改善されてきているようです。

2007 年にこの団体が活動を開始した時、政府側も斡旋業者側も雇用者側もメイド側に人権があるという事実を受け入れがたく感じ、かなりの抵抗があったようです。しかしこの団体は啓蒙運動を続け、同時に虐待などの被害に遭ったメイドに弁護士を付けて裁判に持ち込んできました。裁判に持ち込むことは、世間体を何よりも気にするアラブに対して一番効果的な抑制策となります。こうした地道な働きのおかげで、ヨルダンではメイドの人権に対する意識が向上しつつあります。Tamkeen の取り組みと成果については、CNN のこのビデオをご覧ください。なおビデオには衝撃的内容も含まれています。

iStock-876701606.jpgi-Stock : 法廷

とはいえ、先ほど触れたカファーラ制度はヨルダンでも健在です。このカファーラ制度においては、パスポートの没収は非とされていません。パスポートを取り上げることは、相手の人権を踏みにじる行為ですが、カファーラ制度を導入しているアラブ諸国の法律では罪になりません。ですから、カファーラ制度を維持しつつ、労働者の人権を声高らかに謳うのは実は相反する概念です。

メイドが「人身売買」されるまでの経緯

まずアラブの家族がメイドを希望する場合、ブローカー (斡旋業者) に 1500-5000 ドルを払います。メイドの人種によって値段が異なります。フィリピン人を例として取ります。フィリピン人はメイドとして人気があるので一番高く、ブローカーに支払われる金額が5000ドル程になることもあります。このお金は派遣先のアラブ(ヨルダン、サウジ 、レバノンなど) のブローカーと送り元のフィリピンのブローカーとの間で山分けされます。この時点で事実上の人身売買が成立します。ですから、メイドの人権の搾取は、送り出される国ですでに始まっているのです。

これで雇い主のアラブ側はメイドが自分たちの所有物になったような錯覚に陥るようですが、この一部始終はメイドとなる女性には全く関係のないことです。彼女たちはあくまで仕事のために中東に来ます。でも雇う側のアラブは「お金を払った」=「所有した」という感覚でいるので、「毎月のお給料なんて払えるか、あんなに沢山のお金を払ったのに」という思考でいることが多いです。そして、とことんこき使います。

外との接触が完全に絶たれているので、密室で起きていることは表沙汰になりにくい。彼女たちは携帯電話も取り上げられますので、こうした扱いはなかなか明るみに出ません。そしてアラブ同士の身内意識で、非人間的な扱いを見ても見ぬふりをする場合も多いです。

中東でメイドとして働いた後に幸いなことに (命を失わずに) 無事に帰国できた元メイドたちが現状を訴えても、あまりにも酷い扱いに、作り話だと一蹴されることもしばしば。またアラブ側は「嘘だ」「つくり話だ」で片づけたがります。証拠がないときはそれで切り抜けられたかもしれません。でも中には虐待や暴力の様子を動画で配信することに成功したメイドたちもいます。「Middle East, domestic worker」などで検索すると Youtube で容易に見つけることができます。また、Human Rights Wathch は長年、アラブ世界のこの闇の部分について度々声を上げてきました。ですから、事なかれ主義で済ますことができない段階まで来ています。

搾取する側のアラブ諸国だけを責めるわけにはいかない理由

問題はアラブ側だけにあるのではありません。送り出す側の国 (フィリピン、ケニア、スリランカなど) の政府は、自国の労働者が搾取され、多くの場合虐待されるという事実を認識しています。それでも送り出します。世論の声に押されて違法斡旋業者の摘発をたまにすることはあっても、真剣には取り組んでいないのが現状です。なぜならこうした国々は貧しいので、外国人労働者を送り出すことで、仕送りによって自国の経済に還元されるというメリットがあるからです。ですから、海外に労働者として出かける人たちはヒーロー扱いされます。こうした背景も、中東へメイドが絶え間なく送り込まれ、虐待が起きる原因の1つとなります。

送り出す側の国の斡旋業者たちは、「お給料は毎月500ドル」「簡単な仕事できつくない」「美容サロンでの仕事」など嘘を並べることが多いようです。さらに、カナダに行くと伝えられていたのに経由地のドバイでヨルダン行きのフライトに乗せられたなど、行き先そのものを偽っているケースも多いようです。

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴13年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半滞在した後、現在はトルコ在住4年目。メインはシリア難民に関わる活動で、中東で習得したアラビア語(Levantine Arabic)を駆使しながらトルコに住むシリア難民と関わる日々。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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