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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

女性大臣6割の内閣を作ったチリ新大統領はどんな人?

クレジット:Delpixart

昨年12月大接戦の末に大統領選挙で勝利したガブリエル・ボリッチが発表した新内閣のメンバーは、24人の大臣のうち14人が女性で世界を驚かせた。大臣の平均年齢は49歳。ボリッチ自身、35歳のチリ史上一番若い大統領になる。

ベネルクスからも日本からも遠い南米チリ。太平洋に面した細長い国。氷河で有名なパタゴニア地域を想像する人も多いだろう。日本が旗振り役で張り切った環太平洋連携協定(TPP)の加盟国だっけ?実際、日本の大手メディアは今回の「左派」大統領の勝利で、チリが協定を批准しない「恐れ」があると最初に伝えた。私は、縁があって2年前からチリの仲間と仕事をすることになり、激動のチリの様子を彼(女)らから聞いてきた。

多様性とジェンダー平等で世界をリードする新生チリが生まれた背景を理解するには、2011年に始まった大規模な学生運動に遡る必要がある。当時、高等教育の無償化を求める学生運動は、民主化以降最大の運動となり、格差と不平等を広げてきた政治、経済モデルに抵抗する社会運動に発展した。11年当時、大学生だったボリッチは学生運動のリーダーの一人だった。その後、下院議員に当選し2期を務めた。新内閣にはボリッチとともに学生運動を牽引した30代前半の2人も抜擢された。この世代が抜群に元気なのだ。

運動が再燃したのは、2019年10月、地下鉄料金の値上げに怒った高校生がゲートを飛び越えて地下鉄に無銭乗車。その怒りの共感が全国的に広がった。驚くべきことに約1週間後、首都サンティアゴのイタリア広場に120万人が集まって、チリ史上最大級のデモに発展した。世界でみても100万人を超えるデモは稀有だ。

この不満や怒りの背景はただ事ではない。一般的にチリは、自由貿易を推進し経済成長を実現してきた「南米の優等生」を紹介されることが多い。ピノチェト独裁政権が君臨した1973年から90年に本格的な新自由主義を世界で先駆けて、結果的には一番深く取り入れた。ピノチェト退陣以降も新自由主義は踏襲された。貿易の自由化と徹底的な民営化。その中には現在大きな課題となっている、年金と教育の市場化、民営化も含まれる。40年以上の徹底した新自由主義の結果、国内の不平等や格差は大きくなり社会的な緊張が高まった。

チリでは教育の民営化の結果、学生の85%が私立大学に通う。OECDの中で教育費に占める公的支出の割合が低い国の一つになった。(そのチリよりも日本の教育への公的支出は格段に低いという現実に驚愕する)。学費は文系で平均年間約100万円、薬学は約125万と高額だ。高等教育は多くの庶民の手に届かず、学費をは払えずに辞めざるを得ない学生も多い。

11年以降、ボリッチを含め運動のリーダーたちが国会議員に当選しこの問題に尽力したことで、高等教育の無償化は一部実現した。現在はチリの学生の32%がその恩恵を受けている。それにも関わらず、2019年末国民の不満は再燃したのか。確かに低所得世帯の学費の無料化は大事な一歩ではあるが、今国民が求めているのは、教育、医療、年金、住宅はすべての人が享受する社会的な「権利」であるという考えだ。高等教育が権利ならば、低所得世代だけでなく、すべての人に平等に開かれていなければいけない。これは夢物語ではなく、大学教育がほぼ無料の国はヨーロッパにいくつもある。これは気前がいいということではなく、高等教育は権利であり社会が支えるという考え方に基づいている。

2019年の大規模な抵抗運動は、ピノチェト独裁の時に制定された憲法を廃し、国民によって新しい憲法を制定するという国民的な要求に発展した。そして2020年10月に行われた国民投票で78%の国民が新憲法制定を支持した。それだけではなく、国民投票には既存の議会とは別に憲法を起草する独自の議会を選挙で選出するという提案も含まれていた。既存の議会は中道右派・左派のエリート政治家で占められている。国民に近いフレッシュな制憲議会を作るというのは、ボリッチらが下院議員の時に発案していた。そして制憲議会155の議席の半数を女性に、一定数を先住民の代表に割り当てた。この度のジェンダー平等の組閣の前に、このような画期的な前例があったのだ。

チリの国民は国の基盤となる憲法を作っている真っ最中だ。教育を含めた社会的な権利を拡大することはその中の重要な要素の一つ。新憲法制定に尽力し、公平で包摂的なチリを志向するボリッチが大統領になったことで、新憲法制定に弾みがついた。ボリッチが破った極右エリートのホセアントニオ・カストは、独裁ピノチェトの信奉者であり、新憲法制定そのものに反対したのだから。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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