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農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり

森田早紀|オランダ

生産性を極めたオランダ農業がお荷物となる日々

(iStock - id-work)

No farmer, no food」(農家無くして食料なし)

オランダの畜産業従事者が、ここ数年の抗議活動で掲げているスローガンの一つだ。

確かに農家は野菜・穀物や家畜などを育て、命に必要不可欠な「食」という面で人々の暮らしを支えている。ではオランダの場合には一体、誰の食料がなくなるのだろうか。

 

2019年5月、オランダ国務院(最高裁に該当)が下した判決により、オランダは「窒素危機」に陥った。過大な窒素負荷や温室効果ガス排出を削減することを目標に、家畜の数を半減する案が複数の政党によって提出された。

これを受けて2019年10月から、オランダの畜産業従事者は各地で大規模なデモを繰り広げた。

2021年5・6月、窒素負荷の削減を期限付きで義務づける「窒素法」が施行された。

彼らは再びデモを行った。

 

農業従事者の不満は、厳しくなり続ける環境・気候問題対策により高まっていた。加えてオランダでも広がるヴィーガニズム(完全菜食主義)やアニマルウェルフェア(動物福祉)の動きにより、社会的圧力は増し、特に畜産業従事者にとっては社会的・経営的な困難が増していると言えるだろう。

政策において不公平な扱い、過剰な批判を受けていると感じた彼らは、トラクターに乗って都市に出向かい、不満の気持ちを示した。

実際のところ、非農家人口からも同情を得た。デモ開始から間もない頃の世論調査では、回答者の7,8割がデモを行う農家を支持すると述べた*1,2。また別の、欧州11か国を対象にした調査では、オランダ人は「持続可能な食」を「農家への公平な支払い」と結び付けて考える傾向にあると明らかになった*3。さらにオーガニックやフェアトレードなど種類が増え続けるラベル及び認証制度だが、オランダでは「農家への公平な支払い」を認証取得の条件にしたものが数個ある。

農業従事者の困難は、オランダ社会からある程度認識されていると言えるだろう。

農業大国として「世界を養う」役目を感じているオランダ

農産物・食品 貿易大国のオランダ。農業関連輸出額はアメリカに次ぐ世界2位を誇る。その額は約900億ユーロ、日本の10倍強だ(2020年. *4, 5)。オランダ国内の統計を見ると、農林水産業のGDP貢献割合は1.7%(日本は1.2%、2018年 *6)。国土の5割強が農業生産(放牧地を含む)に使われている(日本は1割強、2018年)。

その分農業が環境に与える影響は大きく、例えば窒素負荷の46%は農業由来らしい(下の図 *7)。

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(Adviescollege Stikstofproblematiek, 2019 をもとに筆者翻訳・作成)

オランダに来て感じたのは、オランダの農業従事者や研究者などは「我々が世界を養う」という意気込みが強く、例えば「肥料への反応が良い」品種の開発や「環境にやさしい」牛の交配、栽培管理アプリ、栽培技術そのものなどの開発と普及に力を入れている。それを象徴するのが、世界一の農業大学・ワーヘニンゲン研究大学や、種苗開発の先を走るシード・バレーの存在だろう。世界の中でもオランダの農業生産は生産性が高いと褒めたたえられ、実際に1へクタール当たりの穀物の収量は、世界平均の2倍以上の約8300㎏/㏊ある(日本は5900㎏/㏊。2018年 *8)。

もちろんそれに対して「そんなに気負わなくても」「むしろそういう意識が問題だ」という意見もある。特に、地域に根差した小中規模農家やオーガニック農家の間で多い印象だ。

そして確かに、自分たちの技術が一番だ、という押し付けがましさを感じる場面もある。

オランダ型農業はそんなにすごいのか。

1ヘクタール当たりの収量は多いがそれと同じくらい1ヘクタール当たりの肥料の使用量も多い。2018年の統計では266kg/haで世界24位。世界平均の137㎏/㏊の約二倍、EU平均の154㎏/㏊と比べても多い(日本は252kg/haでオランダのすぐ後を追う *9)。利用可能な土地から最大限の収穫を得ているが、それは贅沢な資源利用のおかげでもあるということだ。

また、世界の食料生産(データは農林水産業の付加価値)に占めるオランダの割合は0.4%。輸出額900億ユーロに対して輸入額610億ユーロ。オランダで生産される牛乳の7割は輸出される。牛乳と農産物全般の輸出先の4分の3はEUだ。一方で、窒素負荷で問題視されている畜産業で使われる穀物飼料の9割強は輸入されている*10

国内での農業生産は盛んだが、国際分業と輸出に基づいたビジネスモデルで、かつEUにおける貿易中心地として栄えている印象である。

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(iStock - Sjo ロッテルダム港)

だからか、たとえオランダ国内の農業生産が減ったとしても世界は飢えないし、生産性が下がっても輸出を減らせば国民は養えるだろうという指摘もある。

 

農業の孤立化。緑の砂漠化

デモの背景に見えるまた別の側面は、食・自然・人間の乖離。

食料を作り出す、農業という行為は確かに不自然なものだ。自然の恵みを集め獲物を仕留める狩猟採集生活から、作物や家畜が育つ環境を作り出す農耕社会に移り変わって約1万年。森を切り開き、川の流れを変え、土を掘り返して、地球に手を加えてきた。

これが必ずしも自然の壊滅につながる訳ではない。例えば水田や里山といった新たな生態系のバランスを確立した場所がある。同時に人間は生物として、他の命を頂いて生きてきた。

しかし自然を制覇する対象としてみる文化では、自然を人間の対極に置き、農業(=文明)も自然の対極に置き、さらに農業をも人間から隔てる傾向にある。土は汚いもの、家畜も汚いもの。スーパーで生肉は綺麗に包まれて、笑顔の豚のイラストが入ったチラシの隣で売られている...肉屋・魚屋さんや近所の養鶏所から買うことが多かった時代と比べると、食の「命」という側面が薄れ、機能的で無機質なものになりつつあるように感じる。

このような現象を「死の否定」と、食・建築家のCarolyn Steel氏は表現した*11。

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(iStock - nastya_ph)

食料は商品化されてきた。自然の恵み・頂く命という側面は失われつつある。それとともに、農業も遠い存在となってきた。

 

土地利用に話を移そう。

近年は、緑豊かな街づくりなどといった取り組みを見かけることが多くなった。都市の緑化という現象を、都市計画家のBruno Fortier氏は「都市化への反発」として捉えている *12。人間は都市化に憧れそれを追求しながらも、同時に都市化を嫌い避けようとしているという。矛盾を抱えた生き物なのだ。

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(iStock- arcady_31)

「自然と人間は別物で混じり合うことはない」という考えが浸透した社会でも、人工的な自然を作ることはある。

オランダの土地計画では、自然保護区域と開発許可区域がはっきり分かれている。国土利用方法が隅々まで計画されている「開発不自由の国」とまちづくり市民大学院の角橋教授は呼ぶ*13。市街地が農村や自然区を侵食すること(スプロール現象)は稀で、これには長所もあるだろう

市街地による浸食だけでなく、農地が自然に侵食することはなく、その逆も然り。つまり、里山のような自然と農業が入り混じった風景を見ることは少ない。見渡す限り広がる、一種類の作物の畑。生物多様性に乏しく、これを皮肉って「緑の砂漠」と呼ぶ人もいる。

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(iStock - fotokostic)

農業・自然・人間を分離する傾向は、オランダの農業や環境に関する法律や施策にも見て取れる。

窒素法とともに、自然保護区への窒素負荷を軽減するための具体的なアプローチ方法が示された。いわゆる「Aanpak stikstof(窒素アプローチ)」。施策の例は、自然保護区域周辺の畜産業経営体を買収して土地の用途変換をすること、代わりに自然保護区域を作ったり、建築プロジェクトの窒素排出枠を作ったりすること。

どうやら農業か、自然か、人間のうち一つしか選べないようだ。

パズルピースを並び替えるだけの問題か

オランダの窒素・環境政策では、目標値を達成しつつ農業大国であり続けることは技術的・空間的なコーディネーションの課題とされている*14。ここで3点コメントをしたい。

一点目は、このような課題の捉え方は、数字遊びのようだという感想。窒素負荷を軽減するための別産業の施策例を挙げる。高速道路の制限速度を100㎞/hに下げることで、窒素化合物排出量が1%弱減るらしい。自然はこの違いを感じ取れないだろうが、数個の建築プロジェクトを進める余裕ができるという *15。農業という営みはもはや、「環境への(定量的)影響」の一項目に過ぎない。

二点目は、「農業大国」とはどのような世界を描いているのか、という問いだ。畜産業の買収、さらに最新のニュースでは強制買収の案も出ていることを考慮すると*16、特に畜産業は他の産業のお荷物として捉えられている印象を受ける。これからのオランダの畜産業はどのように変わっていくのだろうか?残された畜産業農家は、効率化の極みを目指して最先端技術への投資や専業化に向かうか、食物網の中での家畜の役割を考えて家畜の生産性だけにとらわれない生産方法に向かうか、二極化する気がする。

前者の中にも生態系への影響を考慮して、花を植えたり野鳥の住む草むら・湿地を設けたりという取り組みは行われている。そんな中で、ハイテクな屋内動物工場のような正反対の案も存在する。完全に後者の方向を目指している人や団体は、数は増えてはいるもののまだまだ少数派だ。例えばオランダにおける有機栽培地の割合は3.8%に限られる*17。

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(iStock - ArtistGNDphotography)

最後に、農業(畜産業)を単なる排出量のパズルピースと捉え、当てはまらないものはある程度捨て、残ったものはさらに生産量当たりの排出量という観点から効率を極めていくこと。それは農業(食)・自然・人間のさらなる乖離につながるのではないか。農業は自然とは共存できないし、分離されている限り共存しなくていい、という考えが政策や施策案に現れていると感じた。

もちろん栽培方法は好み・スタイルの問題でもあり、多様であっていいと思う。IT技術を使ったり大規模に栽培したりして手ごろな価格の食料の安定供給に貢献したい人、土壌部生物や植物の力を最大限に引き出すために・農薬の短期長期的な環境や人体への影響を考えて無農薬無肥料で栽培する人。プロのチームで取り組む人、友達や近所の人たちとワイワイ取り組む人。

それでも心にとめておきたいのは、オランダの現状について調べて感じたこと。生産性を唯一の道しるべとしていると迷い込んでしまいがちな行き止まり道路。

これを「コーディネーションの課題」として国が捉えた場合、根本的な変化を遂げることはできず、表面的で中途半端な政策になってしまうだろう。そして数年後に再び、○○危機が起きるかもしれない。そんな中で農業従事者は、「循環農業に窒素危機に、はいはい、次は何?」とあきれてしまうかもしれない。実際にそういう方と話をしたこともある。

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(iStock - xpoint)

これはコーディネーションだけの課題ではなく、生き方の課題、住み方・食べ方・働き方の課題だと私は感じる。

遊ぶパズルそのものを変えず、はめ方だけを永遠と試しているのでは、結局何も変わらない。

 

参考資料

*1 RTL Nieuws, 2019. Steun Nederlanders aan boerenprotesten blijft groot.
*2 Hart van Nederland, 2019. Overgrote deel Nederlanders achter boerenprotest, ondanks drukste ochtendspits ooit.
*3 BEUC, 2020. One bite at a time: Consumers and the transition to sustainable food
*4 WUR, 2019. Dutch export of agricultural products exceeds € 90 billion in 2018
*5 MAFF, 2021. 「2020年の農林水産物・食品の輸出実績」について
*6 The World Bank, 2021. DataBank. World Development Indicators
*7 Adviescollege Stikstofproblematiek, 2019. Niet alles kan. Eerste advies Adviescollege Stikstofproblematiek
*8 The World Bank, 2021. Cereal yield (kg per hectare).
*9 The World Bank, 2021. Fertilizer consumption (kilograms per hectare of arable land)
*10 Royal Dutch Grain and Feed Trade Association, n.d. Dutch Trade in Grains, Seeds, and Pulses
*11 Steel, 2020. Sitopia. How food can save the world
*12 Firley, 2019. Designing Change: Professional Mutations in Urban Design 1980-2020
*13 角橋, 2012. オランダの空間計画論 その2 都市計画・国土計画制度
*14 PBL, 2021. Naar een uitweg uit de stikstofcrisis.
*15 TU Delft, 2019. Motorway speed limits of 100km/h largely advantageous
*16 Kuiper & Rutten, 2021. Kabinet heeft plannen voor onteigeining honderden boeren
*17 EC, 2021. Agri Organic Production Indicators

Spaans, 2020. Voedt Nederland de wereld?
Van Egmond, 2018. Wij voeden de wereld? Dat gaat wel ten koste van de biodiversiteit!
Viviano, 2017. This tiny country feeds the world.

 

Profile

著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ。農業応用科学大学の4年生。卒業後は地元で百姓になり、楽しく優しい社会を、農を軸に築きたい!オランダで生活する中、感じていることをつづります。

Instagram: seedsoilsoul
YouTube: seedsoilsoul

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