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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

【日本⇔ブラジル】10年越しの移住作戦!ブラジリアにて夫と日本食レストランを営む杉浦敦子さん

左から敦子さん、息子の栄くん、崇さん、ブラジル音楽ショーロをモチーフにした壁画の前で(photo by Atsuko Sugiura)

私がゴイアニアというサンパウロから900km離れたブラジル中西部の街に引っ越してから半年。
海岸沿いのリオデジャネイロとは違い、内陸部のゴイアニアは今ブラジルで一番人気の音楽セルタネージョ・ウニヴェルシターリオの元となるセルタネージョの聖地で、街中でカウボーイハットを使っていても違和感がないが(ブラジルのテキサスなんて呼ばれている)、同時に、計画的に整えられた緑豊かな公園と高層マンションが並ぶ異様な雰囲気の地方都市である。

日系人が多いサンパウロと違い、日本人は珍しいようで、レジ打ちのお姉さんやUberの運転手に「日本人!初めて見た!」なんて言われたりする。
当然、日本食レストランは前回ご紹介したように、ブラジル流のお店しか見当たらない。そんな時、偶然にもinstagramで完全に日本人好みの日本食レストランを発見。これは大変珍しい。場所はお隣ブラジリア。
ちょうど日本大使館に用事があったので、早速行ってみることにした。
【参考】前回の記事 Sushi(寿司)にSaquê(酒)、ブラジルでみつけた日本食とは

正直、到着するまで日本人が経営しているお店なのか、それとも日系人のお店なのかわからなかった。
ブラジリアはブラジルの首都だが、日本企業の支社があるのは殆どサンパウロで、ブラジリアに"日本人による日本の味の日本食レストラン"があるとは想像できなかったからだ。

お店に入ると、オーナー夫妻の妻、敦子さん(通称アコさんと皆から親しまれている)が出迎えてくれた。
私は一番人気のトンカツ定食を注文。
アコさんと話しているうちに、彼女が日本からやってきた日本人であることがわかり、初対面で失礼ながらも、どうしても気になる質問をしてしまった。

「何故ブラジルでお店をオープンされたんですか?」


|夫の夢を一緒に叶えたい

アコさんがブラジルに辿り着いた理由は、夫である崇さんの「ブラジルに住みたい」という夢を一緒に叶えるためだった。
二人は故郷静岡県の中学校の同級生で、2003年の同窓会で再会。
グループ交際から一年後には結婚を決意したが、崇さんは兼ねてから考えていたブラジルへ一年留学することに。
既にインターネットでメールを送れる時代だったが、二人は敢えて文通と週一回の電話交換を選んだそうだ。

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1993年当時16歳だった二人、この時は結婚してブラジルに移住するなんて思ってもいなかっただろう(photo by Atsuko Sugiura)

崇さんがブラジルから帰国し、めでたく結婚。留学を経験し、移住したいと確信した崇さんは日本国内でブラジルやポルトガルに関連する仕事に就き、夫婦で永住権を取得するための情報収集を開始した。

|ブラジルで暮らすための手段

近年、日本から出て海外暮らしをしたいという人が増えているが、移住するにあたって最初の問題となるのはビザだ。
あまり知られていないが、ブラジルで日本人が長期的に生活するためにはいくつかの方法がある。

・ブラジル国籍者との婚姻
・ブラジルで出産する(ブラジルで出生した者はブラジル国籍が取得できるため、その親にも居住許可が与えられる)
・ブラジルで就労する(日本企業の駐在や現地採用)
・ブラジル企業に投資する

(2021年現在の在日本ブラジル領事館のサイト参照)
これ以外にも年金受給者や宗教関係者のためのビザもあるが、長期滞在許可を取るのはそう簡単ではない。
ちなみに2017年に移民法が改定され、現在"永住権"は廃止され"居住許可"となっている。

二人は投資ビザの取得を考えたが、現地ですぐに安定した生活ができるとは限らないことを考慮し、相当な金額を貯金する必要があった。
そして2013年、結婚から7年後、ブラジルで就労するチャンスに恵まれる。
アコさんは、このチャンスを逃してはいけないと思い、一緒に付いていこうと決意。4歳の息子を連れて家族3人でゴイアニア(渡伯から1年後にブラジリアに転勤)に引っ越した。
2011年の東日本大震災や、また同時期に静岡の実家で、人生や命について考えさせられた事故があり、「今を生きよう」という気持ちが強まっていたことも、突然のチャンスを受け入れる後押しとなったそうだ。

|夫はなぜブラジルに住みたいのか

ブラジルを旅行していた日本人が、居心地の良さからブラジルに移住してしまうのはよくある話だ。
ブラジルには不思議な魅力がある。
私もそれに憑りつかれてしまった一人なのだが、あまりに広大すぎて説明するのは少し難しい。
崇さんはブラジル音楽を通してブラジルの文化に興味を持ち始め、念願の留学でブラジル移住を考えるようになったのだが、どうしてそこまでブラジルにこだわるのか、明確な理由を話すことがなかったそうだ。
それでもアコさんは、夫の慎重な性格をよく理解していた。
傍から見たら突拍子もないことを言っているようにみられるかもしれないが、本人が長い準備期間をかけて判断したことだと、意見を尊重した。(ちなみにアコさんは真逆で楽観的、行動派タイプだそう)

|念願のブラジル行き

親戚も知り合いも一人もいない中、小さな息子を連れての移住だったが、アコさんは周りの人たちに救われたと話す。
確かに、ブラジルでは年上の子が年下の子の面倒をよく見てくれる。
また、「困った時はお互い様」という精神から、家族や親類だけでなく、友人やご近所さんが助けてくれることもある。(私も単身ブラジルに来て本当に沢山の人達に助けてもらった)
更には私立学校では高い水準の教育も受けられる。自己肯定感を高めてくれる環境でのびのびと子育てすることができ、本人にもそれが合っていたそうだ。

また、ブラジルの医療システムには驚かされたという。
このSUSと呼ばれる統一医療システムは1988年に創立され、誰でも無料で問診や治療を受けることができる。利用者が多いため待ち時間が長いなどのデメリットもあるが、2019年の調査ではブラジル居住者の71.5%がこのシステムを利用していると言われている。
このように、住んでみないとわからないブラジルの良さというのはここで紹介しきれない程ある。(もちろん、その逆もあるが)

|永住権取得、そして起業!

夫の崇さんはブラジルで4年間コンサルタントの会社で働き、無事に就労ビザから永住ビザへ切り替えることができた。この間にポルトガル語や法律を学び、保証人になってくれる友人家族もみつかり、住み慣れたブラジリアで2018年に夫婦で日本食レストランをオープンする。

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オープン当時の写真、たい焼きも販売している(photo by Atsuko Sugiura)

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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