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ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々

新町智哉|ミャンマー

ミャンマー非日常日記

ヤンゴン環状線:筆者撮影

みなさんこんにちは。
今月のシリーズラストの投稿になります。
ここ最近(1ヶ月程)のヤンゴンの様子を私が実際に出かけてみたところから皆さんにお伝えするべく行っています。
よろしければこれまでの3回の記事も読んでいただけたら幸いです。

2021年11月ミャンマーヤンゴンの様子

ヤンゴン大型スーパー買い出し日記

ヤンゴン30キロ自転車爆走記


そして今回のタイトルにもあります「非日常日記」
実はこれまでに沢山書いてあったりします。

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よろしければそちらも合わせて読んでみてください。


それでは今月の連載最後の回、始めていきたいと思います。


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ビルの上にパゴダ(仏塔)という斬新なデザインです。
敬虔な仏教徒が多いミャンマーですが、流石に私もこんなビルを観たのは初めてです。
実際に中まで入ってはいないので確実な事は言えませんが、恐らくただの飾りではなくキチンとお参り出来る形になっていると思います。


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今さらですが、ミャンマーの道路は右側通行です。
右側通行ではあるんですが、右ハンドルの車が結構あります。
その理由は日本車の中古が非常に多いからです。
日本では車検のルール上もう走れない(走らせるには無駄なお金がかかり過ぎる)ような車がこちらでは現役で走っていたりします。
ひと昔前なら何万キロも走った車が2000万円で販売されていたというような時もあったそうです。

少しずつ法律も変わってきていて、今後は日本からの中古車でも左ハンドルにしないといけないというようなルールが出来たりしているのですが、そこはミャンマー。
法律やルールが出来たとしてもあの手この手で以前のルールで動いていたりすることもあるので当分右ハンドルの日本車は多数走り続けるのではないでしょうか。

余談ですが、私は去年のコロナ禍でミャンマーの免許が期限切れになってしまっていたたままなので今は車を運転する事はできません。
ミャンマーに来たばかりの頃はよく運転していました。
右側通行での右ハンドルに最初は慣れず、大変でした。
そしてミャンマーの道路事情などを知れば知る程、自分で運転するのが怖くなりいつしかミャンマー運転免許証は身分証代わりに使うだけになっていました。


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橋の手前の中央分離帯にミャンマー国旗と「建国の父」と称えられるアウン・サン将軍の銅像が立っています。
アウン・サン将軍の銅像はここだけでなくミャンマーの各地で建てられています。
100年続いたイギリスの支配からの脱却を目指し日本とも協力して奮闘したアウンサン将軍。
独立を目の前に32歳という若さで暗殺によりこの世を去りました。
その功績は今にも語り継がれこうして銅像なども各地にある彼は今どんな想いでこの国を観ているのでしょうか・・・


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のどかな田舎に見えるかもしれませんが、ダウンタウンの中心地から渋滞が無ければ車で30分もかからないようなところです。
ですが、電気、上下水道などのインフラが完璧とは言えないようなところでもあります。
ヤンゴンはミャンマーの最大都市ではありますが、一時間も走ればインフラが全く整備されていないところも普通に存在します。
川の水を使って生活するというようなところも未だにあります。
華やかで賑やかのところも勿論ありますが、まだまだ発展途上国なのだなと感じる一面です。
良いところも悪いところもこれからどうなっているのか目が離せない国です。

ヤンゴンでは昨日雨が降りましたが、基本的にはもう雨季が終わりこれから数か月はほとんど雨が降らない日々です。
現在は毎日真夏日(35度以上)そして夜は熱帯夜(25度以上)ですが、12月にも入ると段々と涼しくなってきます。
一年で一番過ごしやすい季節がやってきます。
例年なら観光シーズンでもっとも外国人旅行者などが入ってくる賑やかな時期でもあります。


さて。
次にですが。
まずこの写真をご覧ください。

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少し遠めからなのでわかりにくいかもしれません。
これは交差点にある警備ボックスです。
交番という程の機能はありませんが、交通整理などでこの建物に警官が居たりするところです。
この時は勿論警官も軍人もいませんでした。

もし居たら撮影は出来なかったですから。
何か違和感を感じないでしょうか?
こちらが近くで撮った写真です。
これを撮る時は少し緊張しました。


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お分かりでしょうか?
車線を規制するようにバリケードやタイヤを積み上げたものが並べられていたり、警備ボックスの周りを囲って土嚢が積まれていたりしています。
物々しい雰囲気ですね。
まるで戦場のトーチカ(防御陣地)のようです。
現状ヤンゴンにもこのような場所が沢山あります。
この警備ボックスのようにもとから設備が補強されている場合もありますが、街中に突然簡易的にこのような物が作られたりしているところもあります。

私も何度か直接目にしていますが、そういう場所では大抵警官(の服装をした人)と軍人(の格好をした人)がセットでいます。
クーデター以降どちらかがどちらかの恰好をしているというような事も聞いているのでもはや正しくはわからない状態です。
そして、9月7日のD-day宣言以降警官や軍人を狙う銃撃事件が増えています。
そういった事件もありこのように土嚢を積んでガードしているようです。

簡易的に土嚢を積んで作ったような場所は減ったと思うのですが、こういった元々の設備を強化したものはまだ他にも残っているのかもしれません。
あくまで私の見る範囲では減ってきたのかなという印象ですが、久しぶりにこういったものを見る機会があるとまだ何も終わっていないんだなと実感します。
振り返れば数か月前にはヤンゴンの街中のあちこちに住民が作ったバリケードが築かれていて、それを軍や警察が壊すというような事が行われていたのでした。

当時の様子はnoteにも書いています。
よろしければそちらも合わせてご覧ください。

あの時バリケードを壊して住民に危害を加えていた人間は、その後自分たちがこのように土嚢を積んで自分たちの身を守らなければいけないようになると想像したのでしょうか?

ヤンゴンの街に出ると確実に人々の営みを感じ、活気がある様子が見える事もあります。
しかし、まだこの国の戦いは続いています。
日本で、世界で今のミャンマーはどのように映っているでしょうか?
引き続き関心を持っていただきたいと思い、今月はこのようなテーマで連載しました。
長い雨が上がり、輝く虹を心から喜べる日を待ち望んでいます。


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それではまた。

 

Profile

著者プロフィール
新町智哉

映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。

Twitter:@tomoyangon
Instagram:tomoyangon
note:https://note.com/tomoyaan

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